ご存知のように、現在市販されているバラの苗には名前がついています。その中から、バラの魅力である花の色や形、香りをとおしてお気に入りのバラを選ぶ方も多いでしょう。また、前述のバラについている名前(品種)からインスパイアされて栽培意欲が高まり選ぶ方も少なくないのではないでしょうか。そうして選んだバラはどのようにしてふやすのか、あるいはそもそもバラはどのようにして新種を作出(育種)するのか。今回は、未だ名前のついていないバラ、すなわち新しいバラ(新種のバラ)の作出についてお話ししたいと思います。
バラは被子植物で、花が咲いた後には果実(種子)をつけます。余談ですが、この果実を「バラの実(ローズヒップ*1)」と呼びます。そのバラの実から採取した種子を播けば発芽します。しかし、お気に入りのバラ(親)の種子を播いても似る事はありますが、全てがその親のとおりのバラは出来ません。親と同じ性質(特徴)を出して増やすには、挿し木か接ぎ木*2をします。いわゆるクローンです。この技術で増やせば、親と同じ苗を一度に沢山作ることが出来ます。特に、接ぎ木ではその後の生長が早いので、市販されている(名前のついている)バラの苗のほとんどは接ぎ木で生産されています*3。さて、今回のように全く新しい(名前のついていない)バラを作るには、まず親となるバラの種子の交配から始めます*4。
バラを種子から育てるのは、あまり難しいことではありません。しかし、両親として選んだ品種の種子を交配すると、バラの良いところは大半が劣性ですので、悪いところばかりが出てくるのです。同じ両親から交配をして思い通りの良い花が生まれる確率は、計算上最低でも「1600分の1(0.06%)」とされています。つまり、名前がついているバラは、このような低い成功率で作出された良いバラの中でも、さらに「より良いバラ」といえます。こうして、晴れて世に出ることになる育種家の思いにかなった「より良いバラ」は、他の選ばれなかったバラの数と比較すると実に希少ということが分かります。現在、世界で栽培されている園芸品種(名前のついているバラ)は、約2~10万種あると言われていますが、前述の確率からすると、単純にその1600倍の新しいバラが作られた計算になります*5。
以前お話ししたように、私は大学入学後にバラに関わり始めました。以来約50年が過ぎた頃、今から10年ほど前になりますが、少し土地が使えるようになり、バラの育種のために、ビニールハウスを建て、新しいバラ作出の交配を始めたのです。当時は、自分の好きな色で良い香りのする丈夫な品種を作るという程度の目的でした。そうするうちに、街頭バラ園や須磨離宮公園などで神戸のバラと関わる中で、平成17年に月刊誌「神戸っ子」*6の出版をされていた小泉氏と会食する機会があり、その際に「ぜひ、‘KOBE ROSE’を作りなさい!」と勧められました。「やってみましょう!」と二つ返事をして進めてきたのが、「神戸らしいバラ」を作ることでした。神戸らしいイメージを考えた時に、私は明るい朱オレンジ色で、香りのある大輪バラを目指しました。なぜなら、この色のバラで香りを持った品種が無かったからです。
これまでにお話ししたように、バラの育種は両親となる品種の交配から始まるのですが、最も大切なことは母親(母木)選びです。たとえ良いバラを母木に選んでも、実が付かなかったり、発芽が悪かったり、あるいは良い子どもが出てこない場合があります。この良い母木を探すには、やはり長年の経験と試作が必要です。バラの育種は、最初のうちは花ばかりを見てしまいがちですが、丈夫さ、多花性、そして咲く花が1年にわたって良いものかどうかを、数年にわたって調べなければなりません。そうして初めて新しいバラが誕生するのです。根気と努力に加え、いずれにしても自然の偶然的結果が重ならないと思い通りの良いバラは生まれないのです。
この新しいバラの作出にあたり、私はまず世界の殿堂入りバラ*7の一つである、くすんだ朱色で香りの良い大輪の‘ドフトボルケ’*8を親に考えました。しかし、調べてみるとこのバラを親に持つ品種からは、あまり良いバラが生まれていないことが分かり、あらためて「神戸らしいバラ」への作出意欲が沸いたのです。交配を始めて5~6年で目的の色は出たのですが、香りが出ません。10年をかけて交配を繰り返しましたが、思うような香りは出てきません。頭では理解していたつもりですが、良いバラを作る事がこれほど難しいということを身に染みて悟ったのです。同じく実生*8でバラを作出する友人から、さらに努力すればとの助言を受けて、この10年かけて作った中で他のバラも含めて一番良いものを選んで須磨離宮公園に贈ったのがこのバラ*9です。今は、このバラの生長を育種家の一人として心から楽しみにしています。
注釈)
*1 バラの実の通称。本来ローズヒップと呼ばれるのは、ヨーロッパの野生種(原種)のひ
とつロサ・カニナ(Rosa canina)の果実を指します。
*2 接ぎ木(挿し木)は、親と全く同じ性質(特徴)を引き継ぐ増殖技術です。接ぎ木は台
木の根に目的のバラの枝(穂木)を接いで、挿し木は切り取った枝を用土に挿してふや
す技術です。接ぎ木の増殖で馴染みがあるのはサクラのソメイヨシノ。これは元々1本
の親木からふやされたサクラです。同じ遺伝子を持つクローンなので、何代にもわたっ
て同じ性質(特徴)を引き継ぎます。例えば、ソメイヨシノは気温等環境の条件が全く
同じであれば、全国どの場所でも同じ日に開花します。逆にいえば、全国で環境が異な
るからこそ、ソメイヨシノの開花がサクラ前線として春の風物詩となっているわけです。
*3 日本では野生種のノイバラの生育旺盛な性質を利用して台木に使い接ぎ木で生産され
ています。接ぎ木には、切り接ぎ(枝を接ぐ)と芽接ぎがあります。
*4 種子による交配のほかに、現在ではバイオテクノロジーによる遺伝子交配(いわゆる遺伝子組み換え)も行われています。
*5 2万~8万種=32,000,000~128,000,000。現在も育種家によって新しいバラの作出が行われているので、名前のついていないバラも比例して増えている事になります(試作を含めると見当もつきません)。しかし、これらの中から育種家が新たに選抜して命名する事もありますので、現在市販されているバラ(約2万種といわれている)の仲間に入るかもしれません。
*6 月刊神戸っ子KOBECCO(株式会社神戸っ子出版)、小泉美喜子氏。
*7 世界バラ会連合(本部ロンドン)が3年に一度開催する世界バラ会議で参加の主要約
40か国の専門家により推薦、選出されるバラ。選出の条件は「世界中どこでも栽培でき
る事」。2015年まで17回開催され、現在までに16種選出されています。当園では
全種をご覧いただけます(「世界殿堂入りバラ園」に15種、「王侯貴族のバラ園」に1
種)。
*8 ドイツのTantauが1963年に作出した品種。別名フレグラント・クラウド。「世界
殿堂入りバラ園」に植栽展示しています。
*9 種子から育てること。
*10‘シェア・ブリス’と‘鶴見’90’に無名バラを交配した新種のバラ。この度、須磨離
宮公園開園50周年を記念して、神戸のオリジナルローズとして藤岡氏から寄贈されま
した。
参考資料)
月刊神戸っ子KOBECCO No.530,2005年,11月号,P62-64